沖縄県工芸振興センター

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久米島紬

▐ 沿革


 久米島紬は、約500年前「堂之比屋」が中国から養蚕の技術を導入し、織ったことに始まったとされています。さらに17世紀前半に王府から派遣された坂本普基によって、養蚕及び製糸技術、また友寄景友によって八丈紬技術の指導が行われ、今日の久米島紬の基礎がつくられたと言われています。その後、貢納布として王府の厳しい監督のもとで御絵図帳により織られました。
 地租改正により貢納布制度が解かれると、一時生産が低下しましたが、明治40年女子師弟学校が設立され、織機は地機から高機に絣は手結から絵図に変わり、活気を取り戻しました。やがて製造販売が許され、大正12年には全盛期をむかえました。現在は紬の産地として知られています。

▐ 技術・技法

 久米島紬は生糸と真綿の手紬糸を使用します。主な染料にサルトリイバラと車輪梅、泥土で百回前後染め重ねる黒褐色「泥染」、ユウナの炭を粉末にして染める銀鼠色の「ユウナ染め」、多様な植物を用いた「色染め」があります。製織は高機を用いて「絵図式」でできた絣模様を織り込んでいきます。織り上がった布は、光沢と風合いを良くするために「砧打ち」を行います。
 久米島紬は、久米島の山に自生する植物染料や泥に含有する鉄分、養蚕等、自然の恵みと生活の調和で長い伝統の上に培われた技術のなかで生産されてきました。
 特徴としては、特に深い黒褐色と、緋の際の微妙な色は 泥染め特有で、地色と緋を和らげ落ち着きのある色調になっています。また、手紬糸のもつしなやかな風合いと、着心地の良さは高く評価されています。
 久米島紬の技術技法を分類すると平織組織と伝統的な紡技法で、染色は植物染料のみの染色となります。

(1)原料糸
 現在生産されている紬の大部分は、経に21中の8本合糸の生糸を用い、緯糸に手つむぎの糸を使っているのが普通で、僅かであるが経緯ともにに紬も使用されています。久米島紬の緯糸の糸つむぎは、真綿を引きだし指を湿めらしながら軽く撚を掛けるようにして糸を引いていきます。最近ではモーター付きの小型紡ぎ機も使用されています。

(2)染色
 染色は伝統的な植物染料染めで、煮染法よりも浸漬染法が多く使用されています。基本色は、焦茶色(煤竹色)、赤茶色、灰色(銀鼠 色)、黄色、鴬色となっています。
 焦茶色は「泥染」とも呼ばれれます。サルトリイバラで40回前後、シヤリンバイで60回前後染め重ね、さらに泥に含有する鉄によって媒染を行います。最初のサルトリイバラによる下染めは、緋の際に赤茶浸透させるよう糸を完全に乾燥させてから染め、次にシャリンバイを、湿った状態で染重ねます。さらに、蒸しを行う等細やかな配慮が施されます。
 赤茶は、上記のサルトリイバラ、シャリンバイ染色を媒 染剤によって発色を変えます。
 灰色は「ユウナ染」、「グーズミ」とも呼ばれ、オオハマ ボウの木を焼いて木炭にし、さらに細粉化し豆汁で染めて作られます。
 黄色は、山桃と仲原クロキの2種の梁木を同時に煎じた染液で黄色、鴬色を染色しますが、2種の梁木を同時に煎じる方法等、産地にない独特の染色法が生きずいています。最近ではゲッキツ、シイノ木等も使用されています。

(3)絣
 久米島紬の絣技法は、絵図式の手括りと男物の小絣を締機で締める2法があります。絣括りの強弱によって、絣の際の染料の滲みによる絣足の良足が決まります。製織は高機を用いて絣掛け式と同時巻取式が取られています。手投げ杼で織られ、組織は平織組織となります。

(4)洗濯仕上
 織上がった反物は、糊落としを行い8分乾きの状態で、砧打ちをします。これは泥染めで毛羽立たり、膨らんだ糸を光沢や風合いを良くする独特の仕上げ方法です。

▐ 製品の特徴

 久米島紬の染料は植物染料のみで、中でも泥染めによる深い黒褐色と、絣の際の微妙な色は泥染め特有で、地色と色絣を和らげ落ち着きのある色調になっています。また手紬糸の持つしなやかな風合いと、着心地の良さは高く評価されています。

▐ 産地の現状

主な製造地久米島町
主な製品名着尺
生産者組合久米島紬事業協同組合
所 在 地〒901-3104 久米島町字真謝1878-1(ゆいまーる館内)
TEL:098-985-8333(098-985-8970)